maco's 13th floor
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 2004年:1月

2004.1.28

普通の恋

infoのところに少し手を入れておきました。ご参照ください。

で、その「永久音楽激情」まであと3週間くらいになったわけだけど、どうもイベント名が覚えにくいという話をちょこちょこ耳にする。確かに元ネタになじみのない人には、漢字六文字のタイトルなんていうのはスッと入ってきにくいのかもしれない。縮めて言うにも言いづらいし、そういう意味ではネーミングとしてはあまりうまくなかったということか。ま、自分的には気に入ってるんだけど、でも、やっぱりモノの名前は覚えやすいのが一番だからなぁ。ううう。

こういう場合、解決法としては、正式名称のほかに通称をもつことなんだけど、さて何がいいんだろう。英語に直してその頭文字をとるというのがまず考えられるけど、まずこの名前を英訳すると、その意味の大半が失われてしまうのよね。んー、変なとこで躓いた。もうちょっとべつの観点から考えたほうがいいかな。はてさて。

菊地成孔featuring岩澤瞳『普通の恋』を聴く。菊地氏本人曰く、「恐らく僕名義の、最初で最後のポップスのソロ・シングル」。Spank Happy用に書かれながら、その後のスパンクスの方向性とずれたためにお蔵入りしていた曲を、名義を変えて録音してみた、ということらしい。AOR〜シティポップス系の極上のポップチューンに仕上がってるんだけど、ふつうに9分近くある。んー、「ポップス」と言いつつ、どうしてもこう過剰なものになってしまうのね。わたしは好きですけど、こういうの。

2004.1.24

De Luxe

数ヶ月前からビデオカメラが壊れてしまっていて、ちょっと困っている。いや、「困っている」というほどでもないんだけど、ともかくビデオカメラが使えないという状況は、自分としてはあまり好ましくない。

というのは、バンドらしきものをはじめた当初から、ライヴのときの自分(たち)の演奏を撮影して映像に収めるということをほぼ毎回やってきて、それをあとから見直すということができないと、なんとなく釈然としないものが残るからである。

他の人はどうなのかわからないけど、わたしの場合、自分が実際にライヴで演奏しているときのことはあまりよく覚えていない。それは、記憶としてはきわめておぼろげで、はなはだ心もとないものだ。おそらく、そのときは演奏することそのものに集中していて(といえば聞こえがいいかもしれないけど、要するにいっぱいいっぱいの余裕のない状況なのね)、ほとんど無意識のような状態でやってるということなんだろう。あるいは、ステージ上では音のうねりのようなものに身を委ねているばかりで、自分たちの演奏が「音楽」として分節化されていないということもあるのかもしれない。

いずれにせよ、そういうかんじなので、ビデオの映像などであとから確認しないと、そのときのライヴがどうだったかということが、自分にはよくわからないわけだ。逆に言えば、そうやって確認してはじめてそのときの経験が自分なりに意味づけられ、「記憶」として自分の中に収められるような気がするのである。

あまりうまく書けていないんだけど、要するに、「記憶」というのは、そのようなかたちで距離をもって眺められてはじめて生起してくるものなんだろうなぁ、とかなんとか書くことによって某サイトと微妙にリンクさせてみようと思ったのだけれども。むぅ。

Harmonia『De Luxe』('75)を聴く。ちょうど前回と相補的になるわけだけど、ノイ!のもうひとり、ギターのミヒャエル・ローターと、メビウス&レデリウスの二人からなるクラスターが合体したユニットのセカンドアルバム。さらに、今作はグルグルの怪人マニ・ノイマイヤーが参加していて、いわばジャーマン・ロック界のCSN&Y(?)とでもいった趣。きわめて抒情性豊かな電子音&ギターの絡まりあいが非常に心地よく響いてくる。このへんのかんじはやっぱり好きだなー。

2004.1.22

VIVA

『Guitar Magazine』の最新号を購入。表紙はジョン・レノンで、68〜72年の「ジョンが最もアクティブにギターを弾いた年月」を中心に「ギタリストとしてのジョン」に焦点を当てた特集なんだけど、わたしのお目当てはそこではなくて、以下の二つ。

一つ目は、ニールヤングの機材を取材した記事。11月に来日したときに取材されたもので、機材のみに焦点が当てられるというのがまず貴重だし、しかも実際にステージ上で何がどういうふうに並べられてるかがしっかりと写真に収められてるわけで、いろいろといままで知らなかったことがわかって非常にうれしい。なるほど、アンプは三台使っていたのか、とか、うしろのほうに見えていたメーターみたいなのはバカでかいチューナーだったのか、とかね。とにかく、実際にギターを弾いたりするようファンにとってはたまらない記事だと思う。

あと、もうひとつは、一部で若干話題にもなっていた「轟音、爆音、ノイズ・ギターの世界」という企画。JOJO広重、大友良英、灰野敬二と並ぶインタビューはそれなりに面白く読んだけど、ただ、企画としてはちょっと物足りないかんじかも。「どのように現在のノイズ・ギター・スタイルが形作られていったか」ということの単なる歴史的な概括と名盤紹介が中心で、書いてるのも大鷹俊一とか行川和彦とかだし、あんまりこの雑誌ならではの視点とかは感じられない気がする。「スタイル」として「ノイズ・ギター」を扱うのなら、どのように「ノイズ・ギター」と呼ばれるものが鳴らされているのかを、いっそのこと徹底して具体的に記述するというスタンスでもよかったんじゃないのかしら。もちろん、それは、既成の枠組みに対する異議申し立てとして出てくるラディカルな表現を、「ノイズ・ギター」という「スタイル」として囲い込み、消費していくことにもなるわけで、灰野なんかがもっとも忌み嫌うところではある。特集冒頭に「スタイルとしてのノイズ」と「概念上のノイズ」との区別についての言及があったり、特集の最後が灰野のインタビューだったりするのは、むしろそういう点について意識的だということであって、それはそれなりに真摯な態度ではあるのかもしれない。でも、それが結果的には何か教科書的な内容に終始しているような印象を生んでいる気がするんだけどな。もっと企画そのものが「ノイズ」であるようなそういうかんじがほしかった、とかなんとか思うのはわたしだけ?

La Düsseldorf『VIVA』('78)を聴く。ノイ!解散後にクラウスディンガーが結成したバンドのセカンドアルバムだけど、これほどまでにつきぬけた音楽というのも他に類を見ないものではないだろうか。躍動する生命の鼓動を思わせるハンマービートが延々と打ち鳴らされ、そこからきわめて快楽的でオプティミスティックなグルーヴが溢れ出る。聴き手もまた、全身で太陽の恵みを受け止めるときのような喜びに満ちた心で、そのあたたかな音の躍動に身を任せればいい。そんなかんじの非常に心地よい音楽ではないかと思う。

でも、いまあたらめて歌詞の対訳を見たら、「2000年のチャチャ」に「テロリズムは成長し、やがて世界は爆発するだろう」なんてフレーズがあって、ちょっとドキッとした。音だけ聴くと能天気さばかりが印象的だけど、それなりに苦い認識を持ったうえでのポジティブさではあるのかも。最後近くに出てくる「戦争がすべて終結した時に/ <愛の未来> が現れるんだ/そして弱者を守ってあげよう/貧しさを分かち合うんだ」なんていうメッセージは、もちろんかなりの能天気さを感じさせるものではあるけれども。

2004.1.17

The Velvet Underground

あまりの気の早さに呆れられること必至だけど、早くも2/21の「永久音楽激情vol.1」に向けて選曲作業をしている。といっても、「選曲ごっこ」とか「DJごっこ」とか言うほうがふさわしいかも。要するに、ただ気の向いたときにあーだこーだとDJでかけたい曲を並べてひとり悦に入っているというだけのことね。

いやしかし、いざ選んでみるとかけたい曲をたくさんあって困るなー。時間内にまとめるってのもなかなか大変。べつに15分とかの曲を入れようとしてるわけではないんだけど、なんかついついあれもこれもとなってしまう。初DJといっていいので、どうしても過剰な期待をしてしまってるのですね。ははは。

ということで、まだ一ヶ月以上あるので、おそらく何セットも「DJごっこ」やってしまうと思う。っていうか、すでにたぶん3セットくらい作った気がする。阿呆です。

『The Velvet Underground』を聴く。言わずと知れたヴェルヴェッツのサード。ジョンケイルが抜けて、前作までの混沌とした空気から一転、穏やかでシンプルなサウンドの演奏が並んでいるけど、それでもやはりここでしか聴けない特別な演奏ばかりだと思う。「What Goes On」のギターソロはどこか別次元の世界から鳴り響いてくるような音だし、「Pale Blue Eyes」や「Jesus」あたりの淡いアンサンブルの美しさも独特のもの。「I'm Set Free」にしても「After Hours」にしても、とにかく心に響く名曲・名演ばかり。これもやっぱりはずせない永遠の名盤だね。

2004.1.14

Cookin' At The Plugged Nickel

もちろん、「わたしだけではないはず」と言ったからといって、それが直ちに「他者の排除」を意味するということではないんだけど、自分の趣味判断に過ぎないものを徒に他者に押し付けるような語り口に聞こえないとも限らないかな、というふうに思ったので、それでちょっと前回のように書いたみたというわけ。

このサイトの場合、必ずしも多くの人が見ているというわけではないかもしれないけど、それでもやはり、インターネットという場はもはやある種の公共空間なのだから、そこで何らかの発言をする以上、それはできる限り他者に開かれた語りとしてあることが望ましい。とくにわたしの場合、どうもモノロジックな語りになりやすいところがある気がするので、そのあたりを少し自己批判的に見ていってもいいのかなと思わないでもない。まあ、思いつくまま書きつけていくだけのサイトだけれど、その程度の検討をしながら書いていくというぐらいの責任はあるんじゃないだろうか。

そもそも、何事においても自己批判的なまなざしというのは必要なものであって、とくに、何かに対して批判的なまなざしが生じたようなときこそ、自分の視点を絶対化することなく、自己と他者とが向き合うというそこに生じた出来事そのものの核心に目を凝らしていくような、そういう思考が必要なんじゃないだろうか、とかなんとか思う。言うまでもなく、「批判」の身振りを演じることによって、自分が他者を見下ろせるような特権的な視点を獲得しえているかのように錯認する、といったかたちの愚行だけは厳に避けなければならない、と思う。

ま、ともかく、そんなこんなをゴニョゴニョ書いているうちに、何か見えてくるものがあればいいなぁと思いつつ書いたりしているわけなんだけれども。

Miles Davis『Cookin' At The Plugged Nickel』を聴く。60年代クインテットを代表するライヴの名盤。『Four & More』のような全力疾走型ではなく、どちらかといえば張りつめた緊迫感のあるインタープレイを聴くことができる。ショーター‐ハービー‐ロン‐トニーの丁々発止の応酬も非常にスリリングだけど、そこにマイルスが割って入ったときにグッと空気が変わっていく様子がさらに素晴らしい。

2004.1.12

Miles In The Sky

一昨日の記述を自分なりに振り返ると、そのどうにも「保守的」な身振りに違和感を感じるなぁ。「新たな知覚の経験に対しての明確な拒否反応」と「従来型の<ふつう>に対する無批判な肯定」という具合に整理するなら、これはもうきわめて反動的な言説にほかならないわけで、実際に語っている内容はともかく、そういう語り口を無意識に採用してしまっていることに対しては、きちんと自己批判しておく必要があるかもね。

さらに考えると、『Y』について書いた部分もちょっと問題あるかな。「超名盤だと思うのはわたしだけではないはず」というような物言いは、結果としてそれに賛同しない他者を排除していくような志向性を示しうるものだもんね。どこまでも異物でありうるような過剰なエントロピーを孕んだあのアルバムに対して、そういう権威的・党派的な語り口によって語るのは、やっぱりちょっと違うのかな、という気も。

ま、そんなふうにちょっと反省してみたりしたのでした。

話は変わって、昼食後に適当にチャンネルを替えてたら、「徹子の部屋」に愛しの田中麗奈サンが出演しておりましたの。CM以外でテレビに出てるのなんて珍しいうえに、セリフではなく自分のことばで喋ってるお姿を拝見するというするのもあんまりないことですから、ついつい見入ってしまいましたわ。凛とした美しさに磨きがかかってとても素敵でしたの。いいなぁ、やっぱり。

Miles Davis『Miles In The Sky』を聴く。8ビートとエレピが導入され、いよいよマイルスがそれまでの「ジャズ」の枠組みに収まらない新たな方向性へとシフトし始めたことを印象付ける68年のアルバム。…とかなんとか、歴史的に位置づけるならそんなかんじになるんだけど、この時期のような「エレピ入りモード・ジャズ」というのもまた独特のクールな質感があって魅力的。そういう新しい響きにテンションが上がったのか、マイルスはハイノートでバリバリとブロウしてみせてくれているし、ショーターも快調に飛ばしてて、そのへんがこのアルバムの聴き所だと思う。要するに、これもまた名盤なのでありました。

2004.1.10

Y

前から思ってたけど、最近、夜に車を運転してると、対向車や後続車のヘッドライトがまぶしく感じられることが多い。どうやらハロゲンランプとかいうのを使ってるみたいなんだけど、これがふつうのものよりも白っぽくて鋭い光で、ひどくまぶしい。わたしなんかは運転する上でけっこうストレスに感じたりするんだけど、他の人はどうなんだろう。自分が運転してる限り、ふつうのヘッドライトで不都合を感じたことはないので、あれは多分にファッション的なものじゃないかと思うんだけど、それが他の車の運転にとって支障になりうるということは考慮されていないのだろうか。もしかしたらわたしが過剰に反応してるだけなのかもしれないけど、でも、車の運転というのもけっこうさまざまのファクターが介在しているものだから、ささいなことのようでも場合によっては危険を呼び込んでしまう可能性がないとは言えないと思うのだけど。さて、どうなのでしょう。

The Pop Group『Y』を聴く。昨今のポスト・パンク・リヴァイヴァルの流れの中で取り上げられることも多いアルバムだけど、単にそういう流行のモードとして消費されて終わるような代物でないのは言うまでもなく、いまだにその音楽的な強度というか衝撃性は薄れていない超名盤だと思うのはわたしだけではないはず。つんのめったようなファンク的なビートと過剰にトバしまくったフリーキーなダブ・サウンドの交錯が、身体を突き抜けていくような強烈な衝撃となって感じられて、どうにもたまらない。

2004.1.8

Casablanca Moon/Desperate Straight

雪が降るとちょっぴりうれしい。子どものように外で駆け回りたいとかそういうのではなくって、雪が降りしきっているときのぼんやりとした明るさとか、雪が音を吸うことによる静けさなんかにそこはかとない情趣を感じたりする、というようなどちらかといえばジジくさい楽しみ方だ。車も持ってるし、多少雪が降っても不都合のない生活を最近してるから、それでそんなふうに雪を眺めることが可能なんだとは思うけど、それ以外にも、「国語」なんて教科を教えたりしてるせいでそういういかにも「日本的」な感性がいつのまにか身についてしまったんじゃないだろうか、なんていうふうにも思わないでもないな。そういうふうに無意識に対象との距離感を失うことに関しては気をつけないとね。

さて、うかうかしてたらもう2004年も一週間以上過ぎてるのね。振り返ると、元旦はtdsgkさんと福島のディランさんが我が家に来訪。コーヒーやお茶菓子を口にしつつ、ビデオやDVDをいくつか鑑賞。遅まきながら『レコスケ』を入手。2日は南光台の友人達と集まって定義山に参詣。名物らしい油揚げをおいしくいただいたり、絵馬を書いたり、衝撃的な「魔除け飴」を見たり。その後、昨年11月に結婚した友人の新居で焼肉パーティ。まったりと過ごした後、ボーリング場へ移動。3ゲームやって合計点ではわたしがトップだった。へへへ。ま、その後ちょっとだけやった卓球ではわたしが一番ヘタだったけどさ。続いて3日は、スペレコのライヴの日。今回は都合によりいつもとちょっとちがうメムバー編成で、2回しか練習しないで(しかもそのうち一回は当日・笑)本番だったのでかなりスリリングだったけど、けっこう演奏そのものを楽しめた気がする。グダグダだった曲もあるし、出音のバランスがイマイチだったという話もあるので、客観的な演奏の出来そのものはわかんないけど、でも、個人的には気分よく演奏できたので、ま、とりあえずよしとする。見に来てくれたみなさん、ありがとう。4〜7日は予備校で冬期講習。わたしの担当は高二生だったので比較的気楽に。講習のおかげでちゃんと早起きする習慣が、…と思ってたら今日はまた11時近くまで寝てしまった。あうう。

Slapp Happy『Casablanca Moon/Desperate Straight』を聴く。FaustやHenry Cowといった名うてのアヴァンギャルディストたちとの共演でも知られる彼らだけど、2ndにあたる『Casablanca Moon』を聴いていると、かなり卓越したポップセンスを持ったバンドという印象のほうが強くなってくる。さまざまな要素を取り込みつつ、巧みにポップに織り上げていくその手さばきは見事だと思う。

2004.1.1

Zuma

あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくおねがいいたします。

言うまでもないことだけど、今年一年をいい年にしたいと思う。去年もいろいろなことがあって、嬉しいことや楽しいこともいろいろあったけど、全体としてはあまりいい年にできたとは言えない。もちろん、自分にはどうにもできないような種類のこともそこには含まれるけれども、しかし、一番はやはり自分の意志の問題だったと思う。2004年は、自らの主体的な意志において、ひとつひとつのことがらを「かたち」や「行動」としてしっかり表していけるようにできたらと思う。

一年のはじまりということで、気合を入れて、Neil Young with Crazy Horse『Zuma』を聴く。って、年中聴いてるけどさ。でも、なんとなく新年一曲目を「Don't Cry No Tears」にしてみようかなーと思いついたので。その他にも「Danger Bird」「Barstool Blues」「Cortez The Killer」などの名曲が入った名盤なのだけど、個人的には、アルバムの最後、CSN&Yで録音した「Through My Sails」のちょっと気だるい雰囲気なんかもなかなかよいと思う。



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